おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(17) 空飛ぶインディアンガール

 ベーリング海峡を見るのを目的に訪れたノームで、実はトンデモナイ女の子に会った。

 

 冷たい雨の降る飛行場から乗合タクシーを飛ばして宿泊先へ。玄関ドアを開けて大きな声でハローと叫んだら、20歳前後のちょっと色黒の女の子が出て来た。

 「今、オーナーさんは外出してて、夕方まで帰りません。お客さんの部屋は多分奥のドアの部屋ですから、勝手に入ってください」

 「ありがとう。ここの娘さんじゃないんだね。どこから来たの?」

 「カナダのアルバータから来ました、飛行機で」

ここはアラスカの他の町と陸路では繋がってないから、確かに飛行機で来るしかない。

 「そうなんだ。旅行中なの?」

 「旅行中っていうか、、、天候が回復するの待ってるんです」

ナニイッテンダカ、、、

 「今日だって飛行機飛んでるよ、雨降ってるけど」

 「私の飛行機は小さいから、こういう天候の時は無理なんです」

変なこと言う子だなあ、、、

 「天気が回復したらどこ行っちゃうわけ?」

 「ロシアに寄って、インドに帰ります」

おちょくってんじゃないの?それとも、この子、大丈夫なんだろうか。ここからロシアへ行く定期便なんてあるわけないし、自家用機でもない限り無理な話だよ。この子が大金持ちのお嬢様で召使いが自家用飛行機を操縦して、、、いやいや、もしそうなら、こんな安宿にいるわけない。じゃあ、この子が自分で小型飛行機操縦して、、、アンビリーバーブー!!!

 「あの、君が自分で飛行機操縦してここまで来たんじゃないよね、、、」

 「自分で操縦して来ました」

 「んじゃ、君って、パイロットのわけ?」

 「はい」

 「で、次はロシアって、ベーリング海峡渡らなくちゃいけないんだよ。俺も行きたいよ。一緒に連れてってよ」

 「すいません。飛行機二人乗りで私の荷物がたくさんだから、乗せられないんです」

 

 世の中、色々な人がいるもんだ。今回の旅でも色々な人に会った。でも、インドのこの子、名前はアールオゥヒ・パンディットさん、アールって呼べばいいらしいんだけど、まだあどけなさが残ってるからアールちゃんと呼んでもいいくらいの娘っ子が、一人で飛行機操縦して、この後、ベーリング海峡を飛び越えてインドに帰るって、いやはや、びっくりしました。

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ーなんでパイロットになったの?

 速いのが気持ちいいんです。それに、どこにでも飛んでいけるから楽しいし。 
 ー怖くないの?

 私の飛行機は車よりちょっと速いくらいだから、怖いと感じたことはあんまりありません。空高く飛んでると、とっても気持ちいいんですよ。

パイロットになることに、お家の人は反対しなかったの?

 父は強く反対しましたけど、何回も何回も話し合って許して(諦めて)もらいました。家にはしょっ中、連絡してます。さっきもお父さんと話したし。

ー自家用飛行機持ってるなんて、君の家はチョーお金持ちなんだね。

 飛行機は自家用じゃなくて、私が所属している会社のものです。でも、乗るのは私だけだから、実質的には自家用みたいなものですけど。父は清掃関係の会社を経営してますがリッチじゃないです。母は専業主婦。姉は法律の勉強をしています。

ートイレとか食事はどうしてるの?

 飛行前の飲食は我慢します。食事はスナック菓子みたいなもので済ませます。

ーストイックだねえ。具体的な目標みたいのはあるの?

 女性の世界一周飛行の最短記録を更新することです。今回の飛行も世界一周の途中なんです。私は二つの世界記録(女性単独大西洋飛行、同じくグリーランド飛行)を持ってるんですよ。

ーそれじゃ、インドじゃ有名人なんだね。

 有名じゃないです。でも、私のこと知ってる人はたくさんいるかも。

ー日本には来ないの?

 そのうち行きたいです。でも、日本は飛行場の許可が簡単に取れないんです。

ーそうかあ。でも、もし来ることあったら、ぜひ小型飛行機で来てね。私も日本一周飛行のお伴したいから。体重減らして楽しみに待ってるよ。

 はい。分かりました。体重は40キロくらいでお願いします。

 

 

 

 

(16) 旅を支えてくれた道具たち

 旅に工夫はつきものだ。というより、工夫のない旅はつまらないし、様々な工夫をすること自体が、旅の楽しさの一部とさえ言えるだろう。今回は、自分なりの工夫によってさらに機能を高めた道具たち=頑張ってくれた忠実な子分たちを紹介する。

◾️車関係 一日ウン時間も運転することのある車は、いかに便利に、効率的に、快適にするかの工夫が運転席周り・荷室ともに必要だ。そして、必要なものをパッと取り出すために、モノの置き場を一定にするのも大切。

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▲運転席右側をいかに効率的にレイアウトするかが"肝"である。スマホ・薬類・筆記用具・地図・資料・ゴミ箱・ドリンク・ティッシュ・小型バックなどが置かれている。

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▲左 : 長距離ドライブ対策のドライバーグラブ。右手の平部分を補強した  中 : 車のキー・豆ライト・法隆寺のお守り、小さな鈴などはトライのキーホルダーにつけ、さらに紐をズボンの穴に通して紛失しないようにした。  右 : 高性能のトレッキング用時計。特に工夫はしていないが、ちょっとしたピンチの時に見るとなぜか安心する(ような気がする)。

 

◾️活躍した道具たち ゴム長靴 : ツンドラにはゴム長が一番  ノート二種 : 記録をつける、日記をつける、予定を書く、、、  スマホ : 宿舎や飛行機、フェリーの予約、写真の撮影、日本との連絡など、今時の旅はこれ無しではやっていけない  小型PC : 写真の管理、ブログ  600ミリ望遠レンズと三脚 : 両方で5kgを超すが、持ってきてよかった  名刺(裏は英文) : 「日本に来ることあったら連絡して」と言って50人以上の人に渡した。本当に来る人いるのかなぁ、、、   

◾️不要だったもの 日本の渓流用のフライフィッシング用品。こちらの川はスケールが違いすぎた  カヤック以外のカヤック用品。流石にマイカヤックは日本において来たが、、、こちらに来る前は「カヤックも重要かつ便利な移動手段」と考えていた。

 

  最後にこれについて触れないわけにいかない。"道具たち"というのとはちょっと違うが、私をいい気分にし、勇気づけ、慰め、旅を支えてくれた音楽である。私のスマホには4000以上の曲が入っていて、レンタカーのナビにブルートゥースで接続して、選曲を"ランダム"にして、運転中はいつも音楽を聴いていた。特に心に染み入った曲やミュージシャンは次の通り。

●ちあき なおみ「喝采」 ベストアルバムに入っているバージョンか。ややジャズっぽいイントロで、一回だけ出てくる「あ・な・た」という一言に、恋人に対する全ての思いが凝縮されている。美空ひばりを超える唯一の日本人シンガーと私は信じる。

●ジミー・ヘンドリクス「Little Wing」 ハードロックの天才ギタリストのイメージだろうが、実は生音を大事にしている繊細さの塊のような男だ。インディアンと黒人のハーフである彼にはシャーマンの血が混じっていると、勝手に想像しているのだが。

ジャンゴ・ラインハルト 古き良き時代の音と香りが、迷いも不安もない澄んだ気持ちにさせてくれる。「そうか、別に全てが悪いわけじゃないんだ。間違ったってやり直せばいいし、俺にはそれしかないんだから、、、」と私を明日へ押し出してくれる。

ジョン・レノン「Don't Let Me Down」 20世紀最高のミュージシャンと担がれた時も、ヨーコに逃げられてドラッグに溺れてた時もいつも全力投球。ある時はかっこいい先輩として、ある時は反面教師として、"我が心の兄"ジョンは私の心にあり続ける。

●ベートーベン「月光」 クラシックなんてほとんど聞いたことのない私だが、たまたま母親がベートーベンについて話したことを思い出してスマホに入れといた。力強さと気高さを併せ持つ旋律。全ての音が必然性をもって心の奥底に語りかけてくる。

 

 

 

(15) オーロラ大先生

 フェアバンクスがどんなところか、ガイドブック「地球の歩き方」を見たら、「アラスカ大学フェアバンクス校にはオーロラ研究の世界的権威である赤祖父俊一氏が今も研究を続けられていて、研究棟は氏の名前を冠してアカソフビルディングと名付けられている」。へぇー、そーなんだ。偉い学者なんだろうなあ、、、と、これは一週間前のこと。

 納豆愛好者ランスからのメールで、「友人のロン・イノウエ氏にも会ってみないか。彼は日系人に顔が広いから」と勧められた。"中に入り込んでいく"というのが旅の妙味でもあり、「ぜひ、お会いしたい。大歓迎です」と返した。しばらくして、今度はイノウエ氏から連絡があり、アラスカ大学で昆虫学を教えているデレク・サイクス教授を紹介するから、ぜひお会いしてチョウチョ談義に花を咲かせてみたら、、、ときた。そして、極めつけは「赤祖父先生に、あなたがフランク安田の墓参りのためにビーバーに行ったことを話したら、『ぜひ会って話を聞きたい』とおっしゃってるから、なんとか時間を作ってください」となって、一瞬まごついた。元気だけが取り柄のノーテンキオヤジが、世界レベルの学者に会って何を話せばいいんだ。でも、会えるものなら会ってみたいな。学者に限らず"世界レベル"の人間に直接会って話ができるなんてチャンスは滅多にあるもんじゃない。まごついて言葉が出なくなっても、ま、気にしないどこう。「先生はお忙しくてなかなか電話で捕まえにくい。何回か電話してみて」と電話番号を書いたメモを渡された。

 1回目の電話。ルー、ルー、、、年配の人の声で「ハロー」。うわ、いきなし本人出ちゃったみたい。「ハロー。ディス イズ キヨシイノウエ スピーキン、、、」。いや本人なら日本語でいいんだ。「先生、お忙しいとこ恐れ入りますが、、、」、「うーん、ちょっと手が離せなくて、また電話ください」。「それは大変失礼いたし、、、」、カチャ。あぁ、緊張した。でも、拍子抜け。

 2回目の電話。ルー、、、「赤祖父先生ですか。ロンからご紹介いただきました井上で、、、」、「あ、午前中なら大丈夫。そう、よかったらおいでください」ってなって、本当に会うことになったんだ。

 会う前にウィキペディアをみたら、著作はもちろんのこと、研究の概要、受賞歴、現在の立場など書いてあり、マジ偉い学者なんだというのが門外漢の私にも分かる。時間を無駄にさせちゃ申し訳ないから、話すことを簡単にまとめて、普段よりやや綺麗目な格好をして、レッツ・ゴー・アカソフビルディング!

 「先生、貴重なお時間をいただき恐縮です。ビーバー村に行って参りましたので」と切り出し、明治の偉人・フランク安田が眠るビーバー村の様子をお話しした。フランク安田の墓が草ボウボウであること、彼が七、八十年前まで営んでいた交易所は半分崩れかけていること、奥さんのネビロのことを覚えている老人と話したこと、ビーバー村には宿泊施設がないので、普通の旅行者は簡単には訪問できないことなどを説明した。赤祖父先生は、村の現状についてもだいたい把握されていて、ご自身、フランク安田の偉業が歴史の奥に埋もれてしまわないように活動もされていた。話題がだんだん広がり、フランク安田の偉業を描いた「アラスカ物語」を英訳してアラスカの小・中学校に配ったこと、作者の新田次郎氏との交流、フランク安田の子供や孫達の近況、そしてご自身が若い時にチョウチョに興味を持って収集されていたことなどまで、楽しく拝聴させてもらった。

 一時間ほどで私は研究室を辞した。大学者なのに全く偉ぶったところがない。話の内容は重く濃いのに、淡々と事実に沿って私にも分かりやすくお話しされる。これ以上求めるものがない境地まで上り詰めたのではないかと、私のような外野の人間からは見えるのだが、フランク安田に想いを馳せ、何よりも、一介の旅人に過ぎない私をわざわざ研究室に呼び寄せて話を聞くこの元気と好奇心は、なかなか持てるものではない。人生の大半をオーロラ研究で過ごし、常に宇宙と太陽と、、、ま、これ以上は単語が続かないのだが、人間のスケールをはるかに超えた世界と対しているからこその、若さ、探究心、活動欲なのだろう。赤祖父オーロラ大先生、私まで先生のエネルギーのおこぼれをいただいたような心境です。本当にありがとうございました。

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f:id:ilovewell0913:20190806090945j:plain上左 : ガイドブックの説明。ふーん、偉い先生がいるんだなあ、、、最初はそんな感じだった。上右 : おー、ガイドブックにある通り「アカソフビルディング」って書いてある。下 : チョー多忙のはずなのに、丁寧に優しく対していただき感謝しかありません。調子乗って変なこと言わなかったかなあ、、、

 

 

(14) ドライキャビン

 車中泊を三日連続してると相当きついことが分かった。車のセカンドシートを倒してフルフラットにし、荷物を一方に寄せてスペースを確保。薄い掛け布団とスポンジを敷布団みたいに下に敷き、寝袋はモンベルの高級品。よく眠れるし、汚ならしい安宿などよりよっぽどいい、、、と思ってたのに、繰り返すうち、疲れが取れない気がしてきた。なあに、慣れれば大丈夫と考えたが、逆に疲れが溜まってきた。原因はあれこれ考えるまでもなく、歳とったってことでしょう、悔しいが。また、風呂やシャワーは我慢できても、トイレはそうはいかない。雨が降ってたり、蚊の巣窟だったり、キャンブ場なら公衆トイレがあるけれど、全てボットンだし、手を洗うことができない。車中泊は睡眠以外のところで意外とストレスが溜まると痛感した。で、財布と相談しながら、安宿に泊まることが多くなった。一番上等なのは勿論ホテルで2万円以上、これはムリ。モーテルやインでも1万円前後する。それよりもやや安めででコテージやキャビンというのもある。ビーアンビーは個人の家の一室を短期間借りするようなもので、5千円はする、ドミトリーは相部屋で二段ベットの一つを使うみたいな形で2千円。安いけど、イビキのひどい私は気を遣っちゃうから、相部屋はやはりムリ。ちなみに、各地でよく見かけるRVパークは、普通車なら500円から1000円くらいで利用できる。「トイレ付き車中泊」みたいなもので、山中の車中泊よりだいぶマシ。他にも色々あり、マンションや一戸建ての一室を貸す、ワンフロアーを貸す、地下室やロフトを貸すなどなど。大体は期待以上のことが多く、安い金額ではないが、おしなべて良心的だ。ネットで調べて申し込むが、説明の用語の意味するところが正確には分からないことがある。その中で5千円前後で泊まれる「ドライキャビン」というのがあって、「ただのキャビンより風通しが良くて過ごしやすいのかなぁ、、、」と考えて申し込んだ。

 

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▲最初のドライキャビン。シンクで食器を洗う度に床が水浸しに。「変だなぁ」と思ったら、「水は洗面器で受けて外に捨てろ、場所はどこでもいいから」の"親切な"注意書きを後で見つけた。排水パイプくらい簡単につけられると思うのだが。トイレは野外に設置するのがドライキャビンでは基本のようだ。ここのは長年に渡って実によく使い込まれていて、臭いが歳月の長さを物語る。紙はゴミ箱に丸めて!?捨てなくてはいけない。ある種のコツが必要。

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▲同じドライキャビンでもピンからキリまであり、ここはピン。真ん中の写真、シンク横の青いのが水タンク。水の大切さを学ぶのはいいが、使い切って交換するのは結構タイヘン。トイレは新しく、使用後はチップ(カンナ屑みたいなもの)をぶちまける。消臭効果がある。 

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▲設備はまあまあ。トイレは、入り口の階段を上がった左で大小、右は小のみとのこと。小は石の上にテキトーにやればいいって若い美人の奥さんにジェスチャー付きで説明された。「女の人は?」と聞くのはやめといた。

 

 不便には違いないが、ある意味楽しくもあるドライキャビンはいかにもアラスカらしいと言える。ほんの二、三十年前はアラスカ中の家がほとんどドライキャビンだった、つまり上下水道の設備がなかったのだろう。その時代を偲んでアラスカ体験をさせると言う教育的意味合いがドライキャビンにはあるのかもしれない。また、ドライキャビンはフェアバンクス以北に多く、つまり極寒のツンドラ地帯は上下水道の配管が破壊されやすいという事情もありそうだ。もっとも、オーナーの家のトイレはどうなってるの?と言う素朴な疑問もあるにはあるのだが。

 

 

 

 

 

 

(13) 納豆と本を愛する男、ランス

 フェアバンクス郊外のチナリバーで大して面白くもない釣りを終え河畔のベンチで一人ぼーっとしていた時、ランスは現れた。車を停め、ズズズっと私に近寄り、いきなり「僕は来週、ビーバークリークにグレイリング釣りに行くんですよ。あそこは釣れた魚食べれるし。娘も来るんだ、、、」と始まった。うーむ。このオッサンは一体何者なんだ、突然現れてベラベラ喋り出して。釣り人なら普通「釣れますかー?」ってとこから始まるのに。「僕は納豆大好きなんですよ。納豆にはビタミンK2が含まれてるでしょ。だから自分で作って、毎日食べてますよ」。いくら何でも"いきなり"過ぎる。疲れるおっさんだなあ、悪い人じゃあないんだろうけど。「アラスカ大学の図書館で働いてますから、図書館来たら納豆ご馳走しますよ。ぜひ、図書館来てください」。このおっさん、大丈夫かなあ。グレーリング釣り、納豆とビタミンK2、図書館。頭の中、どうなってんのかなあ、、、アラスカでは色々なタイプの人に会ったけど、流石に初めてだな、こういう人は。

 一週間後、ランスからメールが来た。「はーい、先生イノウエ。娘と一緒にビーバークリーク行って来たよ。クマだらけのところだから、12ゲージのライフル担いでね。でかいのばんばん釣れて、二人で腹いっぱいになった。ぜひ図書館に来て、ビタミンK2の納豆を楽しみましょう!」。森の中で満腹の腹を抱える父娘を想像してみる。父親も相当だけど、それについて行く娘ってのも、多分タダモノじゃないな。私の基準では「変わった人たち」としか言いようがない。ビタミンK2が体のどこにいいのか分からないけれど、ま、折角だから行ってみっか、図書館。「8時にする?それとも9時がいいかなあ?」とランス。仕事終わって夕方と思ってた私は、一瞬、夜の8時、9時だと思ったんだけど、どうやら朝らしい。忙しいのかなあ、、、ま、いい。「それでは9時に伺います」ってことにした。約束の朝9時、アラスカ大学の図書館の受付で待っていると、ニコニコ顔のランスがやって来た。そうそう、この歩き方だよ。肩をいからせ上半身を少し揺らしながらカッポカッポ歩く感じ。「カモーン、キヨシ。お腹減ってるかな。控え室へ行って早速納豆しよう、エンジョイ・ビタミンK2!」。

 テーブルにつき、保温バッグからご飯、そして納豆を取り出す。分量多ーい。ボウル、箸、甘口と普通タイプの二種類の醤油、それらをランスは得意満面の顔でテーブルに並べた。「さあ、キヨシ。一緒に納豆食べましょう!」。完全にランスのペース。私は「いただきます」と声をあげ、白米の上に納豆をかけ、箸で納豆と白米をかっこんだ。おお、美味い。粒がちょっと大きめだけど、味は日本の納豆と同じ。腹パンパンになるまで、美味しく食べさせてもらった。「ランス、今日はどうもありがとう。ランスとビタミンK2のおかげかで、久しぶりに楽しい朝ごはんだった。これで元気回復、明日からの旅のエネルギーをたっぷり補充させてもらったよ。もし、日本に来ることがあったら、必ず連絡してくれ。日本には納豆以外にも美味しいものがたくさんあるんだ。ざる蕎麦、湯豆腐、、、でも、ビタミンがどうなのかは、ランス、自分で調べてみて」

 ランスって人は「子供っぽい」じゃなくて「子供そのもの」だ。アラスカの大自然、そこに生きる人々のおおらかさ、そういったものがランスって男を育てた。後で思い至ったんだけど、なぜ朝の9時だったのか。多分ランスは「納豆は朝ごはんで食べるもの。ビタミンK2は朝食べてこそ最高の効果がある」って固く信じてるんだよ、きっと。

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左 : この写真では「普通の人」に写ってるけどね、これがランス。中 : 納豆前にして食べる気満々。隣はアラスカ在住日系人の世話役ロン・イノウエ氏。彼は後でまた出て来る予定。右 :「僕の仕事場もぜひ見学してって」と言われて連れていかれたランスの仕事場。図書館の本のリペアをするのが彼の仕事だった。納豆を語る時以上に嬉しそうな顔で色々説明してくれたよ。

 

(12) 氷河を実感する

  海岸が凸凹やギザギザになっているリアス海岸ついては、多くの日本人は聞いたことがあるはずだ。岩手県の太平洋側や福井県若狭湾などが有名で、水の侵食が何千年、何万年も繰り返されて出来上がるらしい。ふーん、そんなものかな、、、とこれはなんとなく納得できる。ところが、もう一つのギザギザ地形であるフィヨルドは、氷河が大地を削ってできると説明されているのだけれど、氷河そのものが想像しにくい。雪渓と氷河はどこが違うのか、雪渓が発達して氷河になるのか、そもそも氷河が大地を削ると言われても、全然ピンとこない。それなら、雪渓だって大地を削るんじゃないかとか。氷河にしろフィヨルドにしろ、言葉としては理解できても、現実としては全然納得いかない。じゃあどうするか。実物を見るしかない。

 カナダで学生に混じって勉強してたとき、カナディアンロッキーのツアーがあって、オプションで「氷河見学」と言うのがあったから取り敢えず参加してみた。遠くに氷河が見えるところでバスから戦車のような雪上車に乗り換え、氷河の上に降り立った。印象は「バカでかい雪渓」と言う感じ。普通の雪渓よりも半透明の氷っぽい部分が多いような気もしたが、あいにくの雨がそう見せているのかもしれない。これが大地を削りフィヨルドを形成するって、、、全然、実感が湧かない。

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▲裸のおっさんは無視して後ろの氷河を見て欲しい。確かに雪渓とは規模が違う。表面は雪と氷の中間状態。凍ると青白くなるのは雪渓も同様である。

 

 次に氷河を見たのは、クマ探しでブリティッシュ・コロンビア州のスチュワートに行く途中だった。3千メートル弱の山の頂から 、もはや雪ではなく、氷の塊が、谷を圧して削り下っている。雪が氷になり、自重を増し、重力によって少しでも位置エネルギーの少ないポジションを求め、恐らく、大地と氷との接地面は地熱で温度が若干高めで、軟化したした土を削ぎ落とし、岩も亀裂に水分が入り込んで破砕され、氷河もろとも下へ下へ、何千年、何万年もかけて下へ下へ。小さい凹みは押し広げられて谷になる。名も知らぬ(多分、名前はついていると思うが)この氷河を見て、「ああ、確かに氷河は大地を削る。巨大な氷の塊が重力によって下に移動する際に、大地を削り取る」というのが実感できた。

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 その後で、北米大陸最高峰のデナリを小型飛行機による氷河見学で訪れた。デナリは氷河の本場中の本場だろうし、上空からの俯瞰だから、氷河の全体が把握できるのじゃないかと、高額のフライト代を支払った。

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▲急峻な稜線に降った雪は、積もることなく雪崩となって谷(カール)へ落ちる。カールに溜まった雪が固まり、氷となり、自重で低いところを探し求め谷を形成する。  

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谷の雪、いやすでに氷化したものだろうが、は固まり、重さを増し、低いところを求め、谷を削る。氷河の上に刻まれた幾何学模様が、移動そのものを物語っている。氷河=氷の河はこうして大地を削り、最後は海に達する。その谷が海水で水没し、フィヨルドが形成される。

 

随分とお金も時間もかかったが、昔からの疑問が目の前でほどけた。あぁ、気持ちよかった。

 

(11) ユーコン川の畔にて ー ポールの老母【後半】

 次の日、村をぶらついていると、ユーコン河畔でボーッと遠くを見ているばあちゃんに会った。

「やあ、また会いましたね。昨日はご馳走様でした」

「ふんにゃ、ふんにゃ、、、」

「おばあちゃんはユーコン川が好きそうですね」

「そりゃあそうさぁ、、、ユーコン様のおかげで、ビーバーは世界一暮らしやすい土地なんじゃからな、、、サーモンなんて取ろうと思えばいくらでも取れるし、ちょっと前までは金(きん)だって取れたんじゃぞ。わたしゃ、あんたをフィッシングキャンプに連れて行きたいよ。あんな楽しいことはないんだからのう」

 このばあちゃんとフィッシングキャンプに行けたら、どんなに素晴らしいだろう。私が全く知らぬ人間の心の在りようをばあちゃんは当たり前のように見せてくれるんじゃないか。

「私はフランク安田の墓参りをするためにここに来たんですけれど、おばあちゃんはフランクさんのこと、何か知ってますか?」

「そりゃ、いくらでも知っとるがな。奥さんのネビロはワシのこと、とても可愛がってくれてな。心の広〜いお方だったで、、、」

 そうなんだ。フランク夫妻と重なっているんだ。歴史の生き証人。伊達に歯を失っていないな、このばあちゃん。

「ワシはな、ここビーバーで生まれビーバーで育った。だから世界で一番幸せもんじゃよ。ユーコン様は必要なものはなんでも恵んでくれるんじゃからな」

 私は、ここぞとばかり、どんどん質問した。昔のビーバーのこと、金のこと。フランク安田夫妻のこと、、、最後にばあちゃんが言った。

「あんたは何でも知りたがるんじゃのう。まるでビーバーのようじゃ、、、」

この場合のビーバーは場所のことではなく動物のビーバーを指しているのだろう。ビーバーはアラスカではよく見かける動物で、川や湖で木が積み重なったようなビーバーダムの近くにいると、好奇心旺盛なビーバーはわざわざ巣から出てきて、近くをスイスイ泳いだりする。その好奇心のことを言っているのだ、ばあちゃんは。色々聞きすぎてたしなめられたのか、いや、そんなことはない。そう思ったからそう言った。それ以外にない。 

「おばあちゃん、いろいろ聞けて本当にありがとう」

「いんや、いんや、こっちこそ、こんな年寄りの話聞いてもらってサンキュベリマッチだわさ、、、」

 

  このばあちゃんのことを思い出すと、今でも涙が出そうになる。何故なんだろう。資本主義とか物質文明とか、そんなもののもっと奥にある人間という存在。アラスカで生まれ育ち、ユーコンから与えられ、今、息子に見守られながら人生の最後の日々をそのまま受け入れている。サーモンがユーコンの浅瀬で生き絶えるように、ばあちゃんは何の思い煩いや憂いもなく、自然に帰っていくのだろう(ばあちゃん、ゴメン)。ポールの信ずるのと同じ神に召されるのかどうかは分からないが、ばあちゃんが信じているように、ユーコンは世界で一番人間が人間らしく生きられる場所なのかもしれない。

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