おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(10) ユーコン川の畔にて ー フランク安田の偉業【後半】

 ビーバーは人口100人程度、ツンドラの海に浮かぶ"陸の孤島"だ。写真を撮りながらのんびり歩いても半日とかからずに回れてしまう。家々の入り口にはヘラジカやカリブーの角が飾られていて、何に使うのか分からない、おそらくはウン十年前に活躍したに違いない機械があちこちで錆だらけの姿を晒している。ユーコン川で取ったサーモンを捌き燻製にするスモークハウス。キリスト教会、診療所らしき建物。商店は見当たらず、休業中と思しき郵便局と派出所。どう言うわけか人の出入りの多いトイレ付きランドリー。村内に舗装路は無く、村人は四輪バギーを日常の足として使っている。みんな、どんな仕事をしているのだろう。どうやって現金を得ているのだろう。買い物はどうしているのか。事件や事故は起こらないのか。

 

 朽ち果てた建物が目に留まった。個人の家にしては大き過ぎるから、昔は商店だったのだろうか。屋根が崩れて、それを補うようにブルーシートが掛けられているが、風でめくれ上がって用をなしていない。ぐるりと周りを回って、入り口横のガラス窓に張り紙があるのに気がついた。

「フランク安田が営んでいた交易所」

 そうか。フランク安田は晩年に交易所を営んでいたと新田次郎の『アラスカ物語』に書いてあったが、それがこの建物なのか。交易所はとっくに消えて無くなっていると思っていたけど、まだ残ってたんだ。でも、なんで日本語で書かれているんだろう。誰が書いたのか。歴史的遺構を目の前にして、様々な思いが頭をめぐる。このまま放っといたらどうなってしまうんだろう。アラスカの風雪だ。何年も経たずに朽ちて崩れて無くなっちまうぞ。フランク安田は自分の命だっていつ消し飛ぶか分からない状況の中で、「みんな」のことを考えた。自分よりも「みんな」を優先した。人間として、これ以上高貴な生き方があるだろうか。フランク安田が「みんな」のために働いた人生最後の仕事場、それが、今、私の目の前にある、この崩れ落ちんばかりの交易所なのだ。

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 果てしなく広がるユーコンデルタを帰りの飛行機から眺めながら、当てどない考えが頭に浮かんでは消えていった。あの交易所を保存する手立てはないものか。ブルーシートだけなら50ドルもかからないだろうが、誰がそれを屋根に掛けると言うのか。隣家のポールに頼むか。仮にそれができても、余程しっかり固定しないと、一冬も越せずに吹っ飛んじまうぞ。恒久的な処置なんて、とても個人でできるものじゃない。お金のことだけ考えても3万ドル、5万ドル、、、一体いくらかかるというんだ。でも、このまま放っておくのはあまりに勿体無い。だって、フランク安田は日本の宝じゃないか。1世紀前の極限の地で繰り広げられたフランク安田による人間生存のための孤高の戦いを、歴史の闇に埋もれさせてはいけない。誇りと理念を見失ったかに見える今の日本の若い人たちにこそ、この歴史的偉業を知らせなければいけない。そのためには、あの交易所をナントカシナイト、、、