おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(32) 先生、お帰りなさい!

 

 アラスカがどんどん遠ざかっていく。

 

 インサイドパッセージと呼ばれる、アラスカ南岸の多島海を縫うように走る航路をフェリーで南下して2日目。後ろに過ぎ行く島影と時の流れが同調しているかのように感じられて、何とも心地よい。スプルースの森に覆われた大小数え切れないほどの島々は、波打ち際の様子、背後の森の深さからして、ほとんどは無人島のようだ。島々に挟まれた航路には適度な間隔で色鮮やかなグリーンのブイが浮かび、船は鏡のような水面に白い帯を残してすり抜けていく。

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 そんな情景を思い出しなんがら一人静かに旅の余韻を楽しんでいたら、ドタドタと教え子のNR君、MSさん、YKさんの三人が久しぶりに登場した。

三人 : 先生、お帰りなさい。お疲れ様。お土産なんですか?

私 : イキナリだねえ。お土産よりも、君たちはこの間、少しは成長したのかな。外見は、、、化粧が濃くなったり、部活やめて筋肉が脂肪になったり、頭の中は見えないが、ま、言ってることから考えて、、、

NR君 : 先生、お腹がほんの少しだけへっこんだようで、何よりです。

私 : うむ、悪くない指摘だ。

YKさん :  先生、英語はペラペラなんですよねえ。

私 : ペラとペラペの中間くらいだな。

MSさん : 先生、どんな悪いことしてたんですか?

私 : いや、実はね、、、なわけネーだろ。もうちっとまともなこと、聞けんのかね。

MSさん : すいません。今の話は今度にしましょう、ナイショにしときますから。で、どうだったんですか、荒野は。なんかいいもの見つかりましたか?

私 : うーむ、一言で言うと、とんでもないほどたくさんのものを見つけたよ。自然、人、歴史、生活、文化、人生、経済、外国、日本、そして自分。

YKさん : そーんなにいっぱい!お年の割に頑張っちゃったんですね。で、見つけたものの中で、私たちにも関係あるものありますか?

私 : すべてのことが君たちにも関係してるよ。でも、ここでそれらを紹介してもあんまり面白くない。やっぱ、そういうものは、自分が行って、自分が探して、自分が見つけなくちゃ意味ないんだな、これが。別に勿体ぶってるわけじゃないんだけどね。

 NR君 : 見つけたもの勿体ぶっても、お土産勿体ぶらなけりゃいいですよ。

私 : あくまでも、そこに行くわけね。

三人 : はい、モチロンで〜す!

f:id:ilovewell0913:20191224214320j:plain私 : 三人とも、お土産は気に入ってくれたかな?

三人 : わーい、ありがとうございます。

YKさん : お金もないのに散財おかけして、申し訳ありませんでした。

私 : なんだか大人みたいなこと言うようになったね。少しは成長したようだ。

MSさん : 私の好きな色、何で分かるんですか。ありがとうございます。

私 : 君が単純だからだよ。

NR君 : 女の子の方が高そうだけど、ありがとうございます。

私 : そんなこと、ナイナイ。気のせいだよ。三人とも気に入ってくれたようで何よりです。さて、そろそろ私は、、、

三人 : どこか行くんですか?

私 : うん、ちょっと職探しにね。塾は無くなったし、貯金は全部使っちゃったし、このままじゃ、家入れてもらえないんだよ、トホホ、、、 

三人 : アラスカ行ってスケールデカくなったと思ったら、、、ま、それが現実ってやつですよね。じゃ、先生、頑張って!

 

 

 帰国して三ヶ月が経過した。日本を空けていた間に溜まりに溜まった雑用・野暮用の類が山になって攻めてきて、荷物整理こそ終えたものの、親しい友人と会うのもままならず、写真のデータチェックすら手付かずのままだった。でも、久しぶりにやって来た「何も予定のない一日」の昼過ぎ、机の上に置きっ放しになっていたカメラを手に取り▶️マークを押すと、最後に訪れたアリューシャンの景色が、まるで昨日撮ったかのような瑞々しさでモニターに再現された。サーモンが溢れかえっていたあの川だ。ああ、自分は確かにアラスカにいたんだ。宿のオーナーは今も夫婦協力して部屋掃除をしてるのかな。図書館のおばさんは今日も暇そうに本にハタキをかけているんだろうか。ゼロ戦に攻撃された難破船は、サビだらけの船体を湾の端の浅瀬に晒したままなのか。いやいや、彼の地はすべてのものがすでに雪と氷に閉ざされているだろう。私は気づいた。忙しさにかまけた東京の毎日でも、心の奥にはアラスカの灯が静かに灯り続けているのを。今この同じ瞬間に、若カリブーツンドラの上を飛ぶように走り回り、ランスは娘さんと納豆を食べているかもしれない。遥か彼方の場所との同時性。空間と時間の交錯。来週からは新たな仕事が始まる。場所や人は違っても、アラスカの荒野は姿を変えて日本に続いているのだろう。