おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(33) 荒野の続き

 アラスカは確かに遠のいてしまったけれど、アラスカから続く荒野、いや、荒野という言葉が相応しいのかどうか分からないけれど、次に目指すべき目標はすでに三つあるんだ。

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 一つは「フランク安田の交易所を保存するためのクラウドファンディングを立ち上げる」ということ。このブログの(10)「ユーコン川の畔にて ー フランク安田の偉業」で書いた通り、フランク安田のなしたことーー村人を病魔から救い、新しい土地を開拓して村の経済を支えたーーこれは野口英世に匹敵する偉業だと思うし、その舞台の一つが交易所だ。交易所を残すことは、そのままフランク安田の偉業を後世に伝えることにつながる。黒部で拾った流木は「連れて帰って」と私にせがんだけれど、アラスカの寒村で人知れず朽ち果てようとする交易所は「なんとかしてくれ!」と私を急き立てるんだ。自分一人の力ではとてもできることではないから、有志を募ってクラウドファンディングを立ち上げる。微力はもとより身にしみているのだけれど、何かしなくちゃいけない。日本のため、文化のため、若い人たちのためにね。

f:id:ilovewell0913:20191224201509j:plain 二つ目。アラスカ旅行の最後の方から、夢は枯野どころではなく、実はヒマラヤの山々を駆け巡っていた。登山の場合、下山中に次はどの山に登ろうかと考え始めるもので、今回も例外じゃなかった。アラスカ関係の本は本棚のすでに後列に退き、前列にはヒマラヤ本が着々と増えている。アラスカがそうであったように、山と自然を求めて訪れるヒマラヤでも、人との出会いがより大きな感動を与えてくれるのかもしれない。異文化に触れるというより、我々の文化のルーツを探るという意味合いの方が大きくなるのではないか。ヒマラヤでは、どんな出会いが待っているのだろう。どんな縁に導かれるのだろう。そう遠くない将来、つまり、頭と足腰がしっかりしているうちに、性懲りも無く、誰が何と言おうと、それまでに貯まるはずのヘソクリをはたいて、多大な期待を胸に、子供の頃からの垂涎の的であったヒマラヤに、私は行くだろう。

 

 三つ目がもしかしたら一番大変かもしれない。帰国後、私は介護の講習を受けた。介護タクシーの運転手になろうと考えているのだ。単なる介護タクシーじゃない。介護界のトライ、そう、「明るく・のびのび・ザックバラン」の介護タクシーを密かに目指してる。なんで介護なのか。うーむ。やはり、それも「縁」というものか。母親が世話になったヘルパーのTさん、その人の存在が大きい。私は親不孝で愚鈍であったけれど、その分をTさんが助けてくれた。この恩はTさんには返しようがない。だけれど、受けっぱなしというのも気がかりだ。そうだ、誰かに返せばいいんだ。山に与えられた恵みを山に返すように、介護で受けた恩は介護の世界で返せばいい。よろよろ歩いているジイちゃん、寝たきりのバアちゃん、みんなそれぞれの人生を生きてきた。そんなジイちゃんやバアちゃんの近くにいて、その人の生きてきた人生を感じることができたなら、それは地平線遥かに広がるツンドラを見てるのと本質的に変わりないと思う。アレンみたいな元気で頑固な爺さんに会えるかもしれない。ユーコンのほとりで話したバアちゃんのように、自分の生まれたとこが世界で一番と思っているバア様もいるに違いない。初めてアラスカに足を踏み入れた時のように、介護という、自分が知らない新しい世界に踏み込む。お前にはムリだという声が外野から聞こえてきそうな気もする。自分がどれくらい役立つのかは全く分からない。だけど、とにかくやって見る。肩に力が入り過ぎないように注意して。

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 旅をしていて不思議に思うのは、考えていたこと、計画していたことが、少し違ったりはしても、多かれ少なかれ現実になるということだ。例えば、ある土地に行く計画を立てたとする。予定の日が近づいてきて、一週間後にはその町にいることになっていても、どうにもピンと来ない。本当に行けるんだろうか。遠い近いや行きやすい行き難いはあまり関係ない。ただ単に「本当にそうなるんだろうか」と感じてしまう。自分で考えたことなのに、当の自分が訝しがっている。そんなふわふわした思いとは無関係に、時が経ち、行動した結果として、その町にたどり着く。当たり前といえば当たり前、当然至極のことだ。しかし、さっきまでイメージの中にしかなかった町の内側に自分がすでに入り込んでいると思うと、この"当たり前"が摩訶不思議に感じられる。自分の想像力が現実を生み出したかのような妄想に一瞬なりとも囚われるのだろうか。旅人ならではの想像と現実の邂逅(かいこう)。三つの新しい荒野も、今はどれも自分の頭の中にしかないけれど、いずれ、それなりに形になるのだろう。その形が、少しでも望んだものに近くなるように、さあ、忙しくなるぞ。病気なんかしてられないぞ。若い奴らに負けてなんかいられないぞ。

 

                                                                                                                                 

 

 一年にわたりお届けしました「おやじは荒野をめざす カナダ編・アラスカ編」、元々はトライの課外授業番外編として始めたものですが、今回で一応のピリオドといたします。これからのことは例によって大して考えておりませんが、トライのみんなに伝えたくなるような"何か"があったら、再びキーボードを叩き始めるかもしれません。それじゃみんな、元気でな。しっかり勉強しろよ。ちゃんと仕事しろよ。もし、なんか相談みたいのあったら、遠慮なく連絡してこいよ。

                    ベランダに来たシジュウカラを眺めながら

                              トライ主宰 井上 潔