おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(9) パルナシウスを求めて【前半】

 ホワイトホースの観光案内所でたまたま手にしたパンフレットを見て、私は思わず「お、よ、ょ、」とのけ反った。「ケノヒルには珍しいチョウが生息していて、ケノシティーには研究所もある。チョウの名はパルナシウス・エベレスマンニ、、、」。

 あまりにも"いきなり"で面食らっているかもしれないので、ちょっと説明する。小学から中学にかけて、私は将来は昆虫学者になると一人で勝手に決めていた。中学生の時、親戚のおばさんに「どんな本を読んでいるの?」と聞かれて「昆虫図鑑だけです。それ以外の本は僕にとってどうでもいいです」と生意気に答えたのを今でもよく覚えている。そんな昆虫少年が夢に見るほど憧れていたチョウの一つがパルナシウス・エベレスマンニなのだ。で、そのパルナシウスはというと、日本にいる250種ほどのチョウの中で、「美しさ」と「珍しさ」という基準で人気投票をしたらベスト5に入るだけでなく、「最も採集するのが難しい」、いや、実質的には「採集できない」チョウなのだ。日本での分布は北海道の大雪山だけで、しかもそこは採集禁止。上高地・小笠原と並び特別保護区域に指定されていて、日本で最も厳しく監視されている。私の場合は採集ではなく撮影さえできればいいのだけれど、登山道から一歩でも外れるとどこからともなくレインジャーがやってきて摘み出されるという。これではまともな写真など撮れるわけがない。つまり、件のパンフレットが私の中で50年以上眠っていた昆虫少年の心に火をつけた、そんな感じなのだ。

 

 なにはともあれ、ケノシティーに行くしかない。アラスカハイウェイ(これは正真正銘のハイウェイ)から道を外れ100キロの未舗装路を走る。途中で天気が崩れ、丸々2日間キャンプ場で時間を潰し、ケノシティーに着いたのは3日目の朝、6月17日だった。予想通り"シティー"というのは名ばかりで、住人50人くらいの集落。ハイウェイといいシティーといい、日本の訳語は現実とかけ離れていることが結構ある。村人に研究所のことを尋ねて知らないようならガセネタだな、、、なんて考えながら、村の真ん中に停めた車の目の前にパンフレット裏に出てた研究所の写真と同じ建物があるじゃないか。なんだか幸先がいいぞ。係のオヤジさんの説明はトンチンカンなところもあったけれど、標本を示しながら「このチョウはケノヒルにいる。ここから11キロ離れてるけど車で上がれる」とのこと。あのパルナシウス様がいる場所に車で行けるだなんて、まさに夢のような話だ。

 ケノヒルは"ヒル"とは言うものの高山特有の地質と植生で、明るく開けた頂上一帯はまさに大雪山。私は「この環境ならパルナシウスがいて全くおかしくない」と直感した。あたりを歩き回り何か飛んでいないか、植物の様子はどうかチェックする。高山性のチョウがちらほら飛んでいるが、めざすパルナシウスではない。植物は、パルナシウスの幼虫が食べるコマクサを重点的に探したのだが見つからなかった。時期が早いことは分かっていたから成虫が飛んでいないのは納得できるのだが、コマクサは、花は咲いてなくとも葉は出てなくてはいけない。結局、ケノヒルには半日滞在して引き上げた。諦めたのではない。成虫が確認できなかったのは時期が早かったからだろう。コマクサは、場所を広げて探せばあるに違いない。なぜなら、成虫が記録されているのだから。大雪山を彷彿とさせるこの環境なら、時期が来ればパルナシウスが飛び交うに違いない、、、考えただけで思わずニンマリし、7月初めの再訪を決めた。

 

f:id:ilovewell0913:20190913041427j:plain
f:id:ilovewell0913:20190913041831j:plain
f:id:ilovewell0913:20190913042006j:plain

左・中 : このパンフレットがパッと目に飛び込んできた。多分「チョウ」ないし「チョウのようなもの」が視界にあると私の中の何かが勝手に反応するのだろう。

右 : ケノシティの「研究所」にあったパルナシウス・エベレスマンニの標本。これだとちっとも綺麗に見えないが、どんな美人だって棺桶に入れば、、、みたいなものと理解していただきたい。データがちょっと古いのが気がかりだが。 

 

 

【後半】に続く