片雲の風に誘われ旅を住処とするのはいいんだけれど、霞を食べても何の足しにもならない。寝ること、休むこと、そしてしっかり食べることは旅の要諦だ。栄養補給は当然だけど、美味いものを食べていないと元気が出てこないし、食べ物で旅に変化をつけることもできる。最初のうちはレストランでステーキを食ったり、日本料理店に行ったりもしたが、外食は「高くて、不味くて、胃に負担がかかる」のが体験的に分かったのでレストランにはすっかり足が遠のいてしまい、カナダで勉強していた時と同じように自炊が中心になった。でも、カナダでは"定住"してたから、自炊は思ったほど大変ではなかった。買い物は面倒だけれど、冷蔵庫が使えたから買い置きができたし、不慣れな料理がだんだん面白く感じられるようになったのは自分でも意外だった。しかし、旅をしながらだと事情が異なる。同じ宿泊施設に連続泊しないと実質的に冷蔵庫が使えない。不慣れな町では欲しい食材が買えるかどうか分からないし、肉でも野菜でも売っている分量が多過ぎる。宿泊施設にキッチンがない場合は部屋の中でキャンプ用のコンロを使うしかない。そもそも、車中泊やテント泊の時は野外で料理するしかない。水が自由に使えない場合もある。それでもなお自炊を続けたのは、その方が「安くて、美味くて、体にいい」からだ。
旅中の自炊には制約が多い。買うのはなるべく少量で持ちのいいもの、常温で保存できるものを選ぶ。次の予定を考えて、移動時には生ものは極力持たないようにする。野菜や果物は宿で作った氷を入れたクーラーボックスに保管する(これ、メンドウ)。
日本の食材は、意外と手に入る。米・醤油・味噌は勿論のこと、ポン酢・みりん・海苔などは普通に目にする。豆腐は大きなスーパーであれば大抵売っているので助かるが、硬いのが多く、絹ごしみたいのはこちらの人は上手くキャッチできないのだろう。アメリカ人がフォークで豆腐に悪戦苦闘している図を想像するととても可笑しい。野菜も、日本人がよく使うものは大体ある。キャベツはしんなりべったりしててシャキシャキ感が全然ないが、レタスを使えばいいだけの話だ。きのこ類は豊富で、えのき茸があったのには驚いた。日本食材で手に入りにくいものは鰹節くらいか。
コメをどうするかは日本人にとって大問題だ。パン・パスタ・麺類をコメ代わりにすることも多かったが、意外だったのは、ジャガイモが活躍してくれたことだ。マッシュポテトは十分にコメの代役になり得た。ジャガイモは安い・持ちがいい・保存が簡単・料理も簡単で、さすがドイツ人、無駄がない。コメを炊くのは一ヶ所にい続ける時だ。炊き方にコツがあって、米とぎは入念に、炊く前に数時間は水につけておく、水も一割以上多め、炊く直前に日本酒と酢を少量入れるなどで、これはネットの受け売り。炊きたては申し分なく美味い。ただ、一旦冷えるとボソボソになる。パックライスも売っているが、チンする前に水を少量加えると日本人好みのふっくらご飯になるようだ。
自分でも驚くくらいいろいろ作った。人間、切羽詰まると頑張るもんだなあ。でも、日本戻ったら何食べたいかなあと考えたら、湯豆腐、ざるそば、鰻重などが思い浮かびつつ、何と言ってもカミさんの作ってくれる料理、これが一番だと、異国の地でしみじみと思うのであった。
【後半】に続く