おやじは荒野をめざす【アラスカ編】

がむしゃらに突き進むおやじに、アラスカは何を与えてくれるのだろう、、、

(13) 納豆と本を愛する男、ランス

 フェアバンクス郊外のチナリバーで大して面白くもない釣りを終え河畔のベンチで一人ぼーっとしていた時、ランスは現れた。車を停め、ズズズっと私に近寄り、いきなり「僕は来週、ビーバークリークにグレイリング釣りに行くんですよ。あそこは釣れた魚食べれるし。娘も来るんだ、、、」と始まった。うーむ。このオッサンは一体何者なんだ、突然現れてベラベラ喋り出して。釣り人なら普通「釣れますかー?」ってとこから始まるのに。「僕は納豆大好きなんですよ。納豆にはビタミンK2が含まれてるでしょ。だから自分で作って、毎日食べてますよ」。いくら何でも"いきなり"過ぎる。疲れるおっさんだなあ、悪い人じゃあないんだろうけど。「アラスカ大学の図書館で働いてますから、図書館来たら納豆ご馳走しますよ。ぜひ、図書館来てください」。このおっさん、大丈夫かなあ。グレーリング釣り、納豆とビタミンK2、図書館。頭の中、どうなってんのかなあ、、、アラスカでは色々なタイプの人に会ったけど、流石に初めてだな、こういう人は。

 一週間後、ランスからメールが来た。「はーい、先生イノウエ。娘と一緒にビーバークリーク行って来たよ。クマだらけのところだから、12ゲージのライフル担いでね。でかいのばんばん釣れて、二人で腹いっぱいになった。ぜひ図書館に来て、ビタミンK2の納豆を楽しみましょう!」。森の中で満腹の腹を抱える父娘を想像してみる。父親も相当だけど、それについて行く娘ってのも、多分タダモノじゃないな。私の基準では「変わった人たち」としか言いようがない。ビタミンK2が体のどこにいいのか分からないけれど、ま、折角だから行ってみっか、図書館。「8時にする?それとも9時がいいかなあ?」とランス。仕事終わって夕方と思ってた私は、一瞬、夜の8時、9時だと思ったんだけど、どうやら朝らしい。忙しいのかなあ、、、ま、いい。「それでは9時に伺います」ってことにした。約束の朝9時、アラスカ大学の図書館の受付で待っていると、ニコニコ顔のランスがやって来た。そうそう、この歩き方だよ。肩をいからせ上半身を少し揺らしながらカッポカッポ歩く感じ。「カモーン、キヨシ。お腹減ってるかな。控え室へ行って早速納豆しよう、エンジョイ・ビタミンK2!」。

 テーブルにつき、保温バッグからご飯、そして納豆を取り出す。分量多ーい。ボウル、箸、甘口と普通タイプの二種類の醤油、それらをランスは得意満面の顔でテーブルに並べた。「さあ、キヨシ。一緒に納豆食べましょう!」。完全にランスのペース。私は「いただきます」と声をあげ、白米の上に納豆をかけ、箸で納豆と白米をかっこんだ。おお、美味い。粒がちょっと大きめだけど、味は日本の納豆と同じ。腹パンパンになるまで、美味しく食べさせてもらった。「ランス、今日はどうもありがとう。ランスとビタミンK2のおかげかで、久しぶりに楽しい朝ごはんだった。これで元気回復、明日からの旅のエネルギーをたっぷり補充させてもらったよ。もし、日本に来ることがあったら、必ず連絡してくれ。日本には納豆以外にも美味しいものがたくさんあるんだ。ざる蕎麦、湯豆腐、、、でも、ビタミンがどうなのかは、ランス、自分で調べてみて」

 ランスって人は「子供っぽい」じゃなくて「子供そのもの」だ。アラスカの大自然、そこに生きる人々のおおらかさ、そういったものがランスって男を育てた。後で思い至ったんだけど、なぜ朝の9時だったのか。多分ランスは「納豆は朝ごはんで食べるもの。ビタミンK2は朝食べてこそ最高の効果がある」って固く信じてるんだよ、きっと。

f:id:ilovewell0913:20190805083136j:plain
f:id:ilovewell0913:20190805082811j:plain
f:id:ilovewell0913:20190805083005j:plain

左 : この写真では「普通の人」に写ってるけどね、これがランス。中 : 納豆前にして食べる気満々。隣はアラスカ在住日系人の世話役ロン・イノウエ氏。彼は後でまた出て来る予定。右 :「僕の仕事場もぜひ見学してって」と言われて連れていかれたランスの仕事場。図書館の本のリペアをするのが彼の仕事だった。納豆を語る時以上に嬉しそうな顔で色々説明してくれたよ。